2025年現在、糖尿病治療は「血糖値の是正」だけでなく、「患者の生活の質(QOL)の維持・向上」も重視されるようになっています。
その中で登場したのが、日本イーライリリー株式会社のGIP/GLP-1受容体作動薬「マンジャロ®皮下注アテオス®」です。
本剤は、週1回の自己注射で血糖と体重の両方に作用する2型糖尿病治療薬です。オートインジェクター製剤であり、患者が日常生活に取り入れやすい点も臨床現場で注目されています。
一方で、副作用への対応や、高齢者・低BMI患者における慎重投与、糖尿病網膜症や胆道系疾患への配慮、さらには不適切な適応外使用の防止といった観点も不可欠です。
本記事では、マンジャロ®に関する薬剤情報、作用機序、処方時の留意点、服薬指導のポイントまでを、最新の添付文書・インタビューフォーム等に基づいて整理しています。日常診療における適正使用の一助として、ご参照ください。
概要
マンジャロ®は、週1回の皮下注射で2型糖尿病の血糖コントロールを図るGIP/GLP-1受容体作動薬です。自己注射可能なオートインジェクター製剤で、血糖値の改善と体重減少の両面から作用します。
製品名
マンジャロ®皮下注アテオス®(Mounjaro® Subcutaneous Injection ATEOS®)
名前の由来
由来の記載は特になし(添付文書・IF共に記載なし)。
成分名
チルゼパチド(Tirzepatide)
販売メーカー
製造販売元:日本イーライリリー株式会社
販売元:田辺三菱製薬株式会社
包装
用量ごと(2.5、5、7.5、10、12.5、15mg)の専用オートインジェクター1キット(0.5mL)
保管方法
冷蔵(2~8℃)保存
室温(30℃以下)では21日以内に使用【11】
どんな薬(一般向け)
食事や運動療法だけでは効果が不十分な2型糖尿病の患者さんに使用される注射薬で、週に1回の投与で血糖値を改善し、体重の減少も期待できます。
自己注射が可能なペン型注射器が採用されており、日常生活の中でも継続しやすい設計です。
国内で行われた臨床試験(SURPASS J-mono試験)では、マンジャロ®を使用した患者さんのHbA1cが、およそ3か月(24週)で平均1.4~2.2%低下するという結果が得られています。特に、血糖値が高めの方ほど大きな改善が見られる傾向がありました。
また、同じ試験では体重についても、約2.5kgから6.1kgの減少が確認されており、あわせて生活習慣の見直しを行うことで、より高い効果が期待できると考えられます【12】。
作用機序
マンジャロ®(チルゼパチド)は、GIP(胃抑制ポリペプチド)およびGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)というインクレチン(消化管ホルモン)の受容体に同時に作用することで、血糖コントロールを実現する新しい機序の薬剤です【11】【12】。
GLP-1は、小腸L細胞から分泌され、血糖依存的にインスリン分泌を促進し、グルカゴン分泌を抑制、胃内容排出を遅延させ、食欲も抑制する作用があります。
GIPは、小腸K細胞から分泌され、主にインスリン分泌を促進します。GLP-1単独作用よりも、脂質代謝や体重減少における追加的な効果が示唆されています。
チルゼパチドはこのGIPとGLP-1の両方の受容体を活性化することで、より強力かつ持続的な血糖降下作用と体重減少効果が期待されています【12】。
さらに、これらの作用は高血糖時に選択的に発揮されるため、低血糖のリスクが比較的低いとされています(ただし、SU薬やインスリンとの併用時は注意が必要)【11】。
アテオス®デバイスについて
マンジャロ®皮下注は、自己注射用に設計されたプレフィルドオートインジェクター(アテオス®)に収められています。
- 針が見えない構造で、注射に不慣れな患者にも使いやすい
- 1回使い切りタイプで、誤使用を防止
- ボタンを押すだけで自動的に薬剤が注入され、操作がシンプル
- 自己注射可能部位(腹部・大腿部)に対応しており、日常生活に組み込みやすい
こうした工夫により、患者の服薬アドヒアランス(治療継続)を高める設計となっています。
対象患者(適応症)
2型糖尿病
※あらかじめ食事療法・運動療法を行っても効果不十分な場合に使用【11】【14】
代謝経路
加水分解による分解が主。腎排泄および肝代謝への依存度は低い【12】
最高血中濃度到達時間
tmax:約8~72時間(平均48時間)【12】
半減期
消失半減期(t1/2):平均116時間(約5日)【12】
作用発現時間
HbA1c低下は投与数週後から始まり、12週以降で顕著になります【12】
作用持続時間
1回の皮下注射で約1週間持続するため、週1回投与設計が可能【11】
用法用量
- 初期:週1回2.5mg皮下注
- 維持:4週後に5mgに増量
- 必要に応じて最大15mgまで、2.5mg刻みで4週以上の間隔を空けて増量【11】【12】
- 投与は毎週同じ曜日。食事時間と無関係
禁忌
以下のいずれかに該当する患者には、マンジャロ®皮下注アテオス®の投与は禁忌です【11】【12】。
- 本剤の成分に対して過敏症の既往歴がある患者
- 1型糖尿病の患者(インスリン依存状態のため、本剤では十分な血糖管理ができません)
- 重篤な感染症、外科的処置前後、重篤な外傷のある患者(インスリンによる代替療法が必要となるため)
注意点として、GLP-1受容体作動薬の一部では、膵炎や甲状腺C細胞由来の腫瘍などのリスクが報告されており、マンジャロ®の投与中も患者の状態を慎重に観察することが重要です。
また、本剤はインスリンの代替薬ではなく、インスリンからの切替を安易に行うと、高血糖の急激な悪化や糖尿病性ケトアシドーシスを引き起こすおそれがあります。そのため、切替にあたっては医師による慎重な評価と適切な管理が必要とされます。
肝機能・腎機能障害時も合わせて
- 肝機能障害:特記なし。慎重投与が望ましい
- 腎機能障害:中等度・高度障害時のデータあり。用量調整不要【12】
投与を忘れた場合
- 次回投与まで72時間以上空いていれば、気づいた時点で直ちに投与。その後、予定の曜日に戻す
- 72時間未満であればスキップし、次の予定日に投与【11】【13】
注意事項(薬剤師として)
- 禁忌:1型糖尿病、重篤な感染症、過敏症歴
- 副作用:悪心、嘔吐、下痢、低血糖(SU薬やインスリン併用時)、急性膵炎、胆道系障害、アナフィラキシー
- RMPでは低血糖、膵炎、腸閉塞、甲状腺腫瘍、糖尿病網膜症等が重点監視項目【15】
処方監査
- 適応確認(2型糖尿病、他療法不十分)
- インスリンからの切替時は注意(インスリン依存性でないことを確認)
- 週1回であることを確認。重複処方や早期投与に注意
- 投与量・段階的増量計画が適切か確認【11】
自動車の運転
制限なし。ただし、低血糖や消化器症状がある場合は避けるよう説明【11】
服薬指導(患者に説明するべきこと)
- 週1回、決まった曜日に自己注射する薬です。時間帯(朝・昼・夜)は自由です。
- 注射部位はお腹か太もも(第三者が投与する場合は上腕も可)。毎回、場所を少しずつずらしてください。
- 食事の時間に関係なく投与可能です。
- 冷蔵保存(2〜8℃)。室温(30℃以下)では21日以内に使用可能です。
- 投与を忘れた場合:
- 次回まで72時間以上空いていればすぐ投与。
- 72時間未満ならその週はスキップし、次回予定日に投与。
胃腸障害への対処
吐き気や下痢、食欲不振といった症状は、特に用量を増やしていく段階で多く見られます。
こうした消化器症状により食事や水分がうまく取れない状態、いわゆる「シックデイ」に陥った場合には、脱水の兆候として現れるのどの渇き、立ちくらみ、手足のつり、だるさなどに注意し、速やかに医師へ相談してください。
症状をやわらげるためには、脂っこい食事や揚げ物などを控え、1回の食事量を減らして3回の食事を4回に分けて摂るようにするとよいでしょう。また、満腹感を感じたら、それ以上食べ続けないようにすることも大切です。
体重減少に関する注意
本剤は体重減少作用があります。過度な体重減少がみられた場合は医師に相談を。特にBMI 23kg/m²未満の方や高齢者では慎重に観察が必要です。
心血管系への影響
持続的な心拍数の増加や血圧低下が報告されています。動悸、ふらつき、めまいなどがあれば、すぐに医師に相談してください。
糖尿病網膜症に関する注意
血糖コントロールが急速に改善されると、糖尿病網膜症が悪化する可能性があります。そのため、視力がぼやける、視野が狭くなるといった変化を感じた場合には、速やかに医療機関を受診してください。
特に、網膜症の既往がある方は、治療中も定期的に眼科での検査を受けることが重要です。
急性胆道系疾患に関する注意
本剤の使用により、胆石症、胆嚢炎、胆管炎、胆汁うっ滞性黄疸といった急性胆道系疾患が起こる可能性があります。
右上腹部に痛みや張り、圧迫感を感じたり、吐き気や発熱を伴う腹痛が続く場合、あるいは皮膚や白目が黄色く見えるような変化が現れた場合には、直ちに医師に相談してください。必要に応じて、医師が画像検査などを行い、原因の精査を進めることがあります。
その他の重要事項
本剤はインスリンの代替薬ではありません。インスリンからの切替は自己判断で行わず、必ず医師と相談を。誤った切替は、高血糖や糖尿病性ケトアシドーシスの原因になります。
SU薬やインスリンと併用している方は、低血糖に注意してください。異常を感じたら、ブドウ糖やジュースで速やかに対応を。
次回モニタリング項目
- HbA1c(3か月ごと)
- 血糖変動
- 胃腸症状、膵炎症状の有無
- 網膜症の悪化(急激な血糖改善に注意)
- 体重変化(過度の減少に注意)【12】【15】
不適切使用への注意喚起
GLP-1受容体作動薬およびGIP/GLP-1受容体作動薬(例:マンジャロ®)は、2型糖尿病治療薬としてのみ承認されており、美容・痩身・ダイエット目的での使用は適応外です。
近年、医療現場やインターネット上では、マンジャロ®のようなGLP-1受容体作動薬を「痩せ薬」や「手軽にやせる薬」などと表現した不適切な広告が散見され、オンライン診療においても軽率な処方が問題視されています。
医療従事者による誤解を招く説明も一因となり、実際に美容・痩身目的で使用されたケースでは、吐き気、下痢、倦怠感、意識消失などの重篤な健康被害が報告されており、期待された減量効果が得られなかった例も複数確認されています。
こうした背景を受け、PMDA(医薬品医療機器総合機構)や日本糖尿病学会は、マンジャロ®の使用は2型糖尿病の患者に限られており、それ以外の目的での使用に対する安全性や有効性は確認されていないと強く警鐘を鳴らしています。
適応外での使用は、本来得られるべき治療効果が期待できないばかりか、思わぬ健康被害をもたらす可能性もあり、医療機関や薬局においては、こうした不適切な使用や広告の是正と、患者への適正使用に関する丁寧な指導が強く求められています。
薬剤師としては、まず処方された意図が2型糖尿病に基づいたものであるかを明確に確認することが重要です。診療の目的が曖昧である場合には、医師に対する疑義照会を行い、適切な用途での使用であることを確認します。
また、美容やダイエット目的での処方依頼や相談があった場合には、適応外使用のリスクや違法性について分かりやすく説明し、必要に応じてPMDAなどの関係機関への情報提供や通報も視野に入れ、患者の安全を第一に考えた対応が求められます。
まとめ
マンジャロ®(チルゼパチド皮下注アテオス®)は、週1回の皮下注射で投与可能なGIP/GLP-1受容体作動薬であり、2型糖尿病治療において、血糖コントロールと体重管理の両面に有用性が期待される薬剤です。
一方で、使用に際しては以下の点に十分注意が必要です。
- インスリンの代替薬ではないため、切り替えには慎重を要する。
- 胃腸症状、低血糖、急性胆道系疾患、糖尿病網膜症の増悪などに対して適切なモニタリングと対応が必要。
- 高齢者やBMI 23kg/m²未満の患者では慎重投与。
- 過度な体重減少、心拍数の上昇、低リン血症への注意。
- 本剤の使用目的はあくまで「2型糖尿病の治療」に限られており、美容・痩身目的での適応外使用はリスクが高く、決して行うべきではない。
薬剤師・医師・患者が三位一体となって、添付文書・インタビューフォームに準じた適正使用を徹底し、最大限の治療効果と安全性を確保していくことが求められます。
参考文献
- マンジャロ皮下注アテオス® 添付文書(2025年4月改訂 第7版)【11】
- マンジャロ皮下注アテオス® インタビューフォーム(2025年5月改訂)【12】
- マンジャロ患者向け冊子(PP-TR-JP-1533)【13】
- 適正使用のお願い(イーライリリー、医療関係者向け)【14】
- 医薬品リスク管理計画書(RMP)【15】