製品名
フェインジェクト®静注500mg(Ferinject® solution for injection/infusion 500mg)
名前の由来
「Fer」=鉄、「Inject」=注射。鉄の注射製剤であることから命名。
成分名
カルボキシマルトース第二鉄(Ferric carboxymaltose)
販売メーカー
ゼリア新薬工業株式会社
包装
1バイアル(10mL)中に鉄として500mgを含有。バイアル製剤。
保管方法
室温保存(凍結を避ける)。有効期間は3年。
どんな薬(一般向け)
フェインジェクトは、経口鉄剤が使用困難または効果不十分な場合に使用される注射用の鉄剤です。
1回で最大500mgの鉄を補給でき、週1回の投与で最大3回までという短期間で治療が完了するのが特徴です。点滴静注にも対応し、外来でも使いやすい薬剤です。
作用機序
フェインジェクトは、鉄を包み込んだ安定な構造(カルボキシマルトースと酸化第二鉄の複合体)を持っています。
体に入ると、この構造はすぐにバラバラにはならず、時間をかけてゆっくりと鉄を放出します。放出された鉄は、体内の処理工場である「網内系(肝臓や脾臓などの細胞)」に取り込まれ、必要なところへ届けられます。
この鉄は、主に次のように使われます:
- 赤血球の材料(ヘモグロビン)として血液を作る
- フェリチンとして貯蔵され、必要なときに使われる
つまりフェインジェクトは、安全に、そして効率よく体に鉄を届ける注射薬です。
対象患者(適応症)
鉄欠乏性貧血(経口鉄剤が困難または不適切な場合に限る)
原則として血中Hb値8.0g/dL未満の患者が対象。Hbが8.0g/dL以上の場合は、手術前の迅速な補正など、必要性の明確な理由が求められ、診療報酬明細書への記載が望ましいでしょう。
代謝経路
フェインジェクトに含まれる鉄は、血中に入ったあと、まず肝臓や脾臓などの網内系(マクロファージ)に取り込まれます。そこで複合体が分解され、鉄イオンが放出されます。
放出された鉄は、トランスフェリン(運搬たんぱく)に結合して骨髄へ運ばれ、赤血球の材料になります。あるいはフェリチンとして肝臓などに一時的に貯蔵され、必要に応じて再利用されます。
なお、腎臓から尿に排泄されることはほとんどなく、主に体内で再利用されるのが特徴です。
最高血中濃度到達時間
フェインジェクトを静注または点滴静注すると、血清中の鉄濃度は1時間以内に急速に上昇し、その後緩やかに低下していきます。
明確な最高血中濃度到達時間(Tmax)は示されていませんが、実際の血中濃度推移から、投与当日中にCmaxへ達することがわかっています。
7日後にはおおむね基準値(ベースライン)に戻るため、週1回投与設計が成立する薬物動態プロファイルを示します。
半減期
フェインジェクトは2相性の薬物動態を示します。
- α相(分布相):8.89〜11.0時間 → 鉄が血中から組織へ分布する段階
- β相(消失相):42.2〜89.1時間 → 鉄が網内系で代謝・利用される段階
この長いβ相半減期により、週1回の投与で鉄補給効果が持続します。
※出典:国内第1相試験(日本人鉄欠乏性貧血患者、100〜1,000mg静注、各群6例)
作用発現時間
ヘモグロビン値は投与後数日から上昇を開始し、通常は4週程度まで上昇が継続します。
作用持続時間
投与後も鉄が徐放的に供給されるため、1回の投与で数週間の効果が期待できます。次回投与の評価は4週後以降が推奨されます。
用法用量
- 通常、成人には鉄として500mgを週1回投与
- 体重とHb値に基づき、1,000mgまたは1,500mgの投与を選択(最大3回)
- 点滴静注の場合、生食100mLに希釈し、6分以上かけて投与
- 静注の場合は5分以上かけて緩徐に投与
※体重25kg未満の患者には用量設定がなく、投与は避ける。

フェインジェクトは他剤と混合せず単独で使用する必要があります。調製時は1バイアル(500mg)あたり生理食塩液100mLで用時希釈してください。
※生理食塩液以外の輸液(例:ブドウ糖液)は使用できません。
また、希釈後の濃度は鉄として2mg/mL以上を維持する必要があるため、希釈上限は250mLまでです。
投与時は血管外漏出に十分注意が必要です。漏出した場合、皮膚炎や長期的な色素沈着を起こすことがあります。漏出が認められた場合は、速やかに冷却や皮膚保護などの適切な処置を実施してください。
なお、類似薬であるフェジンはブドウ糖液(10〜20%)で希釈する必要がありますが、フェインジェクトは生理食塩液で希釈します。この点からも、糖尿病や高血糖リスクのある患者にとって、フェインジェクトはより適した選択肢といえます。
肝機能・腎機能障害時も合わせて
- 肝機能障害:鉄過剰により悪化する可能性があり、慎重投与
- 腎機能障害:特記はないが、基本的に使用可能
- 妊婦:胎児毒性の報告あり。有益性が危険性を上回る場合に限り使用
- 小児:使用経験がなく、投与は推奨されない
注意事項(薬剤師として)
- 鉄過剰が禁忌であるため、鉄欠乏状態を確認
- 体重・Hb値に基づく適正な投与量を算出
- 過敏症(蕁麻疹・発疹・薬疹など)への注意。初回投与時は特に慎重に観察
- 低リン血症(18.5%)の頻度あり。繰り返し投与や長期投与では骨軟化症リスクに留意
処方監査
- 適応確認(経口鉄剤不可)
- 総投与量の過不足をチェック
- 希釈方法・投与速度(5分以上の静注または6分以上の点滴)
- 点滴静注が可能で、生理食塩液で希釈できることも確認
- 他剤との混注は禁止
自動車の運転
添付文書上は特に制限なし。ただし、過敏反応など体調変化時は運転を避ける。
服薬指導(患者に説明するべきこと)
- 点滴中は腕を動かさないこと
- 注射部位に痛み・腫れ・赤み・皮膚の茶色変化があれば速やかに報告
- 鉄補給効果は数週間持続すること
- 低リン血症による全身倦怠感、筋力低下、骨痛が出た場合は報告
次回モニタリング項目
- ヘモグロビン値(4週後以降に評価)
- 血清フェリチン(早期では過大評価となる可能性あり)
- 血清リン(低リン血症の確認)
- 過敏症状(初回投与後の観察が特に重要)
まとめ
フェインジェクトは、鉄欠乏性貧血に対する新しい注射用鉄剤であり、週1回、最大3回の投与で治療完了を目指せるのが最大の特長です。
明確な投与設計(4パターン)に加え、点滴静注が可能で、生理食塩液での希釈にも対応しているため、医療現場での取り扱いが非常に容易です。
その一方で、過敏症や低リン血症といった副作用への注意も欠かせません。使用にあたっては、適応、体格、Hb値を確認し、必要なモニタリングを行うことが重要です。
フェインジェクトは、短期間で効果的に鉄補充が必要な患者に適した選択肢であり、適切な使用により高い治療効果が期待できる注射製剤です。
参考文献
- フェインジェクト静注500mg 添付文書(2023年12月改訂 第3版)
発行元:あすか製薬株式会社 - フェインジェクト静注500mg インタビューフォーム(第3版)
発行元:あすか製薬株式会社 - フェインジェクト静注500mg 審議結果報告書(PMDA)
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA) - 鉄欠乏性貧血の診療ガイドライン2021
日本鉄バイオサイエンス学会/日本小児血液・がん学会 編 - 慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン(2015年版)
日本透析医学会