エンレストは、ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)やACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)から切り替えて使われる心不全と高血圧の薬です。ただ、従来の薬と何がどう違うのか、なぜ替えるのか、規格のmg数は強さの段階なのかといった点は、添付文書を通して読まないと像が結びません。
ここでは、ARBのディオバンとACE阻害薬のレニベースとの違いを比較表で整理し、作用の仕組み、切り替えの理由と臨床試験の数値、36時間ルール、規格の意味、副作用の出方まで扱います。根拠は各薬剤の添付文書とインタビューフォーム、2025年改訂版の心不全診療ガイドラインです。
- エンレストとARB・ACE阻害薬の違いを比較表で整理
- ACE阻害薬から切り替えるときに36時間空ける理由
- 50mg・100mg・200mgが「強さの段階」ではない理由
- 低血圧や咳、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)上昇の読み方
エンレストと従来のARB・ACE阻害薬の違い(比較一覧)
エンレスト(一般名:サクビトリルバルサルタン)は、ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)に分類される薬です。
バルサルタンはディオバンと同じ成分です。つまりエンレストは、ARBを含んだうえで、もう1つの作用が上乗せされた薬ということになります。
| 項目 | エンレスト(ARNI) | ディオバン(ARB) | レニベース(ACE阻害薬) |
|---|---|---|---|
| 成分 | サクビトリルバルサルタン | バルサルタン | エナラプリルマレイン酸塩 |
| 作用する場所 | ネプリライシン阻害+AT1受容体拮抗 | AT1受容体拮抗 | アンジオテンシン変換酵素の阻害 |
| 効能・効果 | 成人・小児の慢性心不全、高血圧症(錠100mg・200mgのみ) | 高血圧症 | 本態性・腎性・腎血管性高血圧症、悪性高血圧、慢性心不全(軽症〜中等症) |
| 服用回数 | 心不全は1日2回、高血圧は1日1回 | 1日1回 | 1日1回 |
| 血管性浮腫の既往 | 禁忌 | 禁忌の記載なし | 禁忌 |
| 相手側との併用 | ACE阻害薬とは併用禁忌(前後36時間) | エンレストとは併用すべきでない(併用注意) | エンレストとは併用禁忌(前後36時間) |
表のAT1受容体は、アンジオテンシンIIタイプ1受容体のことです。効能・効果はいずれも各薬剤の添付文書(2025年9月改訂)の記載で、原文はPMDA(医薬品医療機器総合機構)のエンレスト添付文書で確認できます。
作用の仕組みはどこが違うのか
違いの核心は、抑える方向にしか働かないのか、それとも守る方向の働きも足しているのか、という点にあります。
ARBとACE阻害薬が抑えているもの(RAAS)
ARBもACE阻害薬も、RAAS(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系)という体の仕組みを抑える薬です。RAASは血圧を上げ、体に塩分と水をため、心臓の筋肉を厚く硬くする方向に働きます。心不全ではこの系が過剰に働き続け、心臓をさらに傷めます。
ACE阻害薬は、アンジオテンシンIIを作る酵素そのものを止めます。ARBはできあがったアンジオテンシンIIの受け手であるAT1受容体でブロックします。エンレストの添付文書は、バルサルタンのAT1受容体拮抗作用について、血管収縮、腎ナトリウム・体液貯留、心筋肥大、心血管リモデリング異常に対する抑制作用をもたらすと記載しています。
ACE阻害薬にはもう1つ性質があります。この酵素はブラジキニン(血管を広げる物質)も分解しているため、止めるとブラジキニンがたまり、空咳が出ることがあります。この性質は、後で出てくる36時間ルールの理由にも直結します。
エンレストが加えているもの:心臓を守るホルモンを分解させない
まず狙いから説明します。心臓に負荷がかかると、心臓自身からナトリウム利尿ペプチドというホルモンが出ます。血管を広げ、塩分と水を尿に捨て、RAASや交感神経の働きを抑える方向に動く、いわば心臓を守る側のホルモンです。ところがこのホルモンは、ネプリライシン(NEP)という酵素にどんどん分解されるため、効きが続きません。
次に中身です。サクビトリルバルサルタンは体内でサクビトリルとバルサルタンに解離します。サクビトリルはエステラーゼによって活性体のsacubitrilat(サクビトリラット)に速やかに変換され、ネプリライシンを阻害します。
添付文書は、このネプリライシン阻害が、血管拡張作用・利尿作用・RAAS抑制作用・交感神経抑制作用・心肥大抑制作用・抗線維化作用・アルドステロン分泌抑制作用をもつナトリウム利尿ペプチドの作用亢進に寄与する、と記載しています。
つまり、負担をかける側(RAAS)を抑える働きはARBと同じで、そこに守る側のホルモンの効きを長持ちさせる働きが乗った設計です。ここが従来薬との決定的な差になります。
なぜARB成分と組み合わせる必要があるのかについては、ネプリライシンがナトリウム利尿ペプチドだけでなくアンジオテンシンIIも分解する酵素であるため、単独で阻害するとアンジオテンシンIIの作用が残って打ち消し合う、と説明されます。ただしこの説明の逐語は添付文書やガイドラインでは確認できないため、断定はしません。
「利尿作用がある」は利尿薬と同じ意味ではない
エンレストに利尿作用があると説明されるのは、ナトリウム利尿ペプチドの作用が保たれる結果として、ナトリウムの排泄が助けられるからです。
ただし添付文書18.3が根拠にしているのは動物実験のデータです。生理食塩水を持続静注したラットにサクビトリルを投与するとANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)による尿中ナトリウム排泄が増強され、正常イヌに活性体のsacubitrilatを投与するとANPによる利尿と尿中ナトリウム排泄が増強された、という内容です。ヒトでの利尿の強さを示す数値ではありません。ループ利尿薬やサイアザイド系利尿薬の代わりにはならず、うっ血の管理は引き続き利尿薬の役割です。
なぜ今まで飲んでいた薬から切り替えるのか
切り替えは「悪くなったから」ではない
成人の慢性心不全では、添付文書5.1に「本剤は、アンジオテンシン変換酵素阻害薬又はアンジオテンシンII受容体拮抗薬から切り替えて投与すること」と書かれています。切り替えて使うことが最初から想定された薬です。効能・効果も「慢性心不全 ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る」となっています。
つまり切り替えは病状の悪化を意味するものではなく、予後の改善を目的とした治療の組み替えです。
海外第III相試験(PARADIGM-HF)で示された差
PARADIGM-HF試験は、ACE阻害薬またはARBを含む既存治療下にある外国人のHFrEF(左室駆出率の低下した慢性心不全)患者8,442例が対象です。NYHA心機能分類(ニューヨーク心臓協会による心不全の重症度分類)II〜IV度、LVEF(左室駆出率)35%以下の患者を、エンレストまたはエナラプリルに切り替えて比較しました。LVEFの基準は試験開始時は40%以下で、開始後に35%以下へ引き下げられています。
主要評価項目である心血管死または心不全による初回入院は、エンレスト群が4,187例中914例(21.83%)、エナラプリル群が4,212例中1,117例(26.52%)でした。ハザード比は0.80(95%信頼区間0.73〜0.87)、p<0.0001です。二重盲検治療期の投与期間の中央値は、エンレスト群24.4ヵ月、エナラプリル群23.5ヵ月でした。
つまり、およそ2年の追跡で、心血管死または心不全入院を起こした人の割合が26.52%から21.83%へ下がり、相対的には約2割の低下だったということです。なお対照群のエナラプリルは10mgを1日2回で、国内で承認されている用法・用量(5〜10mgを1日1回)とは異なります。
日本人だけの試験(PARALLEL-HF)では差が出ていない
国内第III相試験のPARALLEL-HF試験は、日本人のHFrEF患者225例(NYHA心機能分類II〜IV度、LVEF 35%以下)が対象でした。主要評価項目は、エンレスト群111例中30例(27.03%)、エナラプリル群112例中28例(25.00%)に発現し、ハザード比は1.0881(95%信頼区間0.6501〜1.8212)でした。
ただし添付文書には、本試験はハザード比の点推定値が1未満となることの確認を主たる目的とし、有意差検定を主たる目的とはしていない、と明記されています。日本人には効かないことを示した試験ではなく、そもそも有効性を検証できる規模と設計になっていない、という読み方が正確です。
安全性には差がありました。二重盲検治療期の副作用発現頻度は、エンレスト群51.35%(57/111例)、エナラプリル群31.25%(35/112例)です。主な副作用は低血圧(17.12%対4.46%)、高カリウム血症(7.21%対7.14%)、腎機能障害(6.31%対7.14%)でした。
心不全診療ガイドライン2025での位置づけ
日本循環器学会と日本心不全学会による2025年改訂版 心不全診療ガイドラインが2025年3月に発表されました。従来の「急性・慢性心不全診療ガイドライン」から名称も変わっています。HFrEFの薬物治療をまとめた推奨表22には、次のように記載されています。
- ACE阻害薬:禁忌を除くすべての患者に投与する(推奨クラスI/エビデンスレベルA)
- ARB:ACE阻害薬またはARNIに忍容性のない患者に投与する(推奨クラスI/エビデンスレベルA)
- ARNIへの切り替え:ACE阻害薬(またはARB)が投与されているNYHA心機能分類II-IIIの症候性心不全に対して行う(推奨クラスI/エビデンスレベルB-R)
- 急性非代償性心不全でLVEF 40%以下、血行動態が安定した後の退院前:NYHA心機能分類II-IIIの患者に対してARNIの投与を考慮する(推奨クラスIIa/エビデンスレベルB-R)
推奨クラスIは、有効・有用であるというエビデンスがある、または見解が広く一致していることを示します。エビデンスレベルAは複数の無作為化臨床試験またはメタ解析で実証されたもの、B-R(Randomized)は単一の無作為化臨床試験で実証されたものを指します。
つまり、ARNIがACE阻害薬の上位互換として置かれているわけではありません。ACE阻害薬またはARBがすでに入っている症候性の患者について、そこから切り替えを行うことが推奨されている、という構造です。エビデンスレベルもACE阻害薬のAに対してARNIはB-Rで、単純にどちらが強い薬かという比べ方はできません。
切り替えの実務:36時間ルールとARBとの関係
切り替えの手順は、切り替え元がACE阻害薬かARBかで大きく変わります。ここを取り違えると禁忌に触れます。
ACE阻害薬とは併用禁忌。行きも帰りも36時間空ける
エンレストの禁忌2.2は、ACE阻害薬を投与中の患者、あるいは投与中止から36時間以内の患者を挙げています。対象はアラセプリル、イミダプリル、エナラプリル、カプトプリル、キナプリル、シラザプリル、テモカプリル、デラプリル、トランドラプリル、ベナゼプリル、ペリンドプリル、リシノプリルの12成分です。
重要な基本的注意8.1は、投与前にACE阻害薬が使われている場合は少なくとも本剤投与開始36時間前に中止すること、そして本剤投与終了後にACE阻害薬を投与する場合は本剤の最終投与から36時間後までは投与しないこと、と定めています。空けるのは行きだけではありません。エンレストからACE阻害薬へ戻すときも36時間必要です。
36時間空ける理由はブラジキニン
理由は血管性浮腫です。添付文書10.1の機序欄には、併用により相加的にブラジキニンの分解を抑制し、血管性浮腫のリスクを増加させる可能性がある、と記載されています。ACE阻害薬もネプリライシンも、どちらもブラジキニンの分解にかかわるため、同時に止めると過剰にたまるという理屈です。
この禁忌はレニベース側にも書かれています。レニベースの禁忌2.7に、ARNI(サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物)を投与中の患者、あるいは投与中止から36時間以内の患者が挙げられており、双方向の禁忌になっています。
ARBからは休薬不要。ただし重ねて使わない
併用禁忌に挙がっているのはACE阻害薬とアリスキレンフマル酸塩(糖尿病患者の場合)だけで、ARBは入っていません。したがって、ARBからエンレストへ切り替えるときに36時間のような休薬期間の規定はありません。
ただし、休薬が不要であることと重ねてよいことは別です。併用注意(10.2)の筆頭にARBが挙げられ、腎機能障害、高カリウム血症及び低血圧を起こすおそれがあるため、これらの薬剤と併用すべきでない、と明記されています。機序はRAAS阻害作用の増強です。
そもそもエンレストにはバルサルタンが含まれているため、ARBを併用すれば実質的にARBの二重投与になります。ARBが処方から落ちているかは、切り替え時に必ず確認したい点です。
なお、心不全治療の柱にはMRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)が含まれます。スピロノラクトンやエプレレノンなどのカリウム保持性利尿薬は併用注意で、血清カリウム値と血清クレアチニン値が上昇するおそれがあり、危険因子は腎機能障害とされています。定期的にカリウム値と腎機能を確認する根拠はここにあります。
50mg・100mg・200mgの違いは「強さの段階」ではない
規格の数字をARBの用量と同じ感覚で読むと、誤解が生じます。
「200mg」はサクビトリルとバルサルタンを足した数字
エンレスト錠200mgは、1錠中にサクビトリルバルサルタンナトリウム水和物226.206mgを含み、サクビトリルバルサルタンとして200mg、内訳はサクビトリル97.2mgおよびバルサルタン102.8mgに相当します。錠100mgはサクビトリル48.6mgとバルサルタン51.4mg、錠50mgはサクビトリル24.3mgとバルサルタン25.7mgです。
つまり規格の数字は2成分の合計であって、バルサルタンとしては200mg錠でも約103mgしか入っていません。ディオバン200mgに相当する薬、という読み替えは成り立ちません。
それでもバルサルタン単剤80mgより血中濃度は高い
添付文書16.8には、健康成人にエンレストまたはバルサルタン製剤を単回経口投与したときのバルサルタンの薬物動態が並べて示されています。Cmaxは血中濃度の最高値、AUCinfは体内に入った量の目安(曝露量)です。
| 投与したもの | バルサルタン含量 | Cmax(ng/mL) | AUCinf(ng・h/mL) |
|---|---|---|---|
| エンレスト200mg(8例) | 103mg | 3,980±1,390 | 22,200±6,670 |
| バルサルタン製剤80mg(30例) | 80mg | 2,780±1,070 | 19,800±8,240 |
| バルサルタン製剤160mg(40例) | 160mg | 5,770±1,730 | 38,900±11,100 |
エンレスト200mgに含まれるバルサルタンの曝露量は、単剤80mgを上回り、160mgには届かない範囲にあります。含量だけで単純計算すると読み違える理由は、製剤による吸収の違いにあります。
これらは健康成人での薬物動態パラメータで、外国人データを含みます。個々の患者での降圧効果が等しいことを示すデータではないため、エンレスト200mgはディオバン何mgに相当する、という換算表として使うことはできません。
心不全は1日2回、高血圧は1日1回。同じ200mgでも1日量が倍違う
慢性心不全では、成人は1回50mgを開始用量として1日2回服用します。忍容性が認められる場合は、2〜4週間の間隔で段階的に1回200mgまで増量します。1回投与量は50mg、100mg、200mgのいずれかで、どの投与量でも1日2回です。
高血圧症では1回200mgを1日1回、最大で1回400mgを1日1回です。同じ200mgでも、心不全なら1日400mg、高血圧なら1日200mgと、1日量が倍違うことになります。
増量の可否は、臨床試験で用いられた基準が目安として添付文書に載っています。症候性低血圧がみられず収縮期血圧が95mmHg以上、血清カリウム値5.4mEq/L以下、eGFR(推算糸球体濾過量)30mL/min/1.73m²以上かつeGFRの低下率が35%以下です。慢性心不全を合併する高血圧症患者では、原則として慢性心不全の用法及び用量に従います。
副作用の出方はどう違うのか
エンレストの重大な副作用のうち頻度が示されているのは、低血圧8.8%、高カリウム血症3.9%、腎機能障害2.4%、腎不全0.6%、血管性浮腫0.2%、失神0.2%で、ショックと意識消失はいずれも0.1%未満です。このほか、間質性肺炎、横紋筋融解症、無顆粒球症、皮膚粘膜眼症候群、天疱瘡・類天疱瘡、肝炎、低血糖も、0.1%未満または頻度不明として重大な副作用に挙げられています。
もう1つ、エンレスト特有の注意が脱水です。添付文書8.4は、脱水があらわれるおそれがあるため観察を十分に行い、異常が認められた場合には減量・投与中止・補液等の適切な処置を行うこと、としています。ディオバン・レニベースの添付文書に対応する記載はありません。夏場や発熱・下痢のときに気をつけるよう患者に伝える根拠になります。
低血圧は増える。ただし高血圧の人と心不全の人で意味が違う
高血圧症患者を対象にした短期比較対照試験8試験を併合した安全性データでは、低血圧に関連する事象の発現頻度はプラセボ群2.48%(8/323例)、エンレスト単独投与群1.78%(56/3,142例)、オルメサルタン群1.63%(22/1,352例)、バルサルタン群0.79%(5/636例)でした。重篤例の発現はありません。
一方、心不全では数字の桁が変わります。PARADIGM-HF試験では低血圧関連事象がエンレスト群24.43%(1,027/4,203例)、エナラプリル群18.59%(786/4,229例)、日本人のPARALLEL-HF試験ではエンレスト群37.84%(42/111例)、エナラプリル群18.75%(21/112例)でした。
つまり同じ低血圧でも、高血圧と心不全ではリスクの意味が違います。心不全の患者はもともと血圧が低く、利尿薬やβ遮断薬を併用しています。添付文書8.2も、特に投与開始時および増量時に患者の状態を十分に観察するよう求めています。
ただし、副作用が全体として増えるわけではありません。PARADIGM-HF試験の副作用発現頻度はエンレスト群21.65%(910/4,203例)、エナラプリル群23.08%(976/4,229例)で、高カリウム血症(4.59%対5.60%)と腎機能障害(2.78%対4.23%)はエナラプリルのほうが多く報告されています。
咳と血管性浮腫はどうなるか
ACE阻害薬から切り替える患者がいちばん体感するのは咳の変化です。レニベースのインタビューフォームによると、高血圧症および慢性心不全における使用成績調査の総症例10,616例中、副作用が報告されたのは456例(4.30%)で、そのうち咳嗽が226件(2.13%)でした。
ではエンレストで咳が出ないかというと、そうではありません。エンレストの添付文書にも、その他の副作用の呼吸器の欄に咳嗽が0.3%以上の頻度で記載されています。ブラジキニンの蓄積による空咳という機序の記載はありませんが、咳が出ない薬という説明は正確ではありません。
血管性浮腫は逆に、ARNIで注意が増える側です。ディオバンの禁忌に血管性浮腫の既往はありませんが、エンレストでは禁忌2.3に挙げられており、ARBやACE阻害薬による血管性浮腫、遺伝性・後天性・特発性の血管性浮腫の既往がある患者には使えません。
PARADIGM-HF試験での血管浮腫関連事象は、エンレスト群0.45%(19/4,203例)、エナラプリル群0.24%(10/4,229例)でした。
重大な副作用の欄には、舌・声門・喉頭の腫脹等により気道閉塞につながる血管性浮腫のほか、腹痛・嘔気・嘔吐・下痢等を伴う腸管血管性浮腫の記載もあります。血管性浮腫が消失しても再投与はしません。
顔・唇・舌・のどの腫れや呼吸困難があれば血管性浮腫を疑い、直ちに受診するよう説明します。手足や唇のしびれ・脱力は高カリウム血症、左右対称のむくみや尿量減少は腎機能障害、意識が遠のくような強いふらつきは症候性低血圧を疑うサインとして伝えておきます。
BNPは上がる。NT-proBNPは上がらない
添付文書12「臨床検査結果に及ぼす影響」には、本剤の薬力学的作用により本剤投与後にネプリライシンの基質であるBNPの上昇がみられることから、BNPを測定する際は値の解釈に注意すること、と書かれています。
BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)はネプリライシンによって分解される物質です。その分解を止めるのですから、血中に残って数値が上がります。一方でNT-proBNP(N末端プロBNP)はネプリライシンの基質ではないため、この影響を受けません。
小児を対象としたPANORAMA-HF試験では、NT-proBNPは52週時点で対ベースライン比0.349(エンレスト群)、0.384(エナラプリル群)まで低下しています。
つまり、エンレストを始めてからBNPが上がったとしても、それだけで増悪とは判断できないということです。ただしこの上昇は一時的です。日本心不全学会のステートメントは、上昇がみられるのは使用開始後8〜10週目ぐらいまでで、それ以降のBNP・NT-proBNPの上昇は予後不良と関連するため、慢性期の管理ではどちらも有用としています。
心不全診療ガイドライン2025は、BNPとNT-proBNPの測定を診断・除外の目的でも予後評価の目的でも推奨クラスI/エビデンスレベルAとしています。カットオフ値は外来でBNP 35pg/mL以上、NT-proBNP 125pg/mL以上、入院時や増悪時でBNP 100pg/mL以上、NT-proBNP 300pg/mL以上です。
よくある質問
- エンレストは粉砕して飲めますか
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インタビューフォームでは粉砕も簡易懸濁も「個別に照会すること」とされ、公開データがありません。可否は製造販売業者への照会が必要です。小児用の懸濁液の調製法は記載がありますが、成人の嚥下困難例に一般化できる根拠にはなりません。
- 後発医薬品(ジェネリック)はありますか
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2026年8月時点ではありません。再審査期間が2030年6月28日までとされており、その間は後発医薬品の承認申請ができないためです。薬剤費の見通しを尋ねられたときは、この日付が目安になります。
- 心不全がなく、高血圧だけで処方されることはありますか
-
錠100mgと錠200mgには高血圧症の適応があるため、処方されることはあります。ただし添付文書は、過度な血圧低下のおそれ等があり原則として高血圧治療の第一選択薬としないこと、としています。
- 手術や処置の予定があるときはどうしますか
-
添付文書は、手術前24時間は投与しないことが望ましいとしています。麻酔および手術中にレニン・アンジオテンシン系の抑制作用による低血圧を起こす可能性があるためです。自己判断で止めるのではなく、予定を事前に主治医へ伝えます。
エンレストと従来薬の違いのまとめ
- エンレストはARBのバルサルタンを含みつつ、ナトリウム利尿ペプチドを分解させない働きが加わったARNI
- ACE阻害薬とは併用禁忌で、切り替えは行きも帰りも36時間空ける。ARBは休薬不要だが併用すべきでない
- 規格のmg数はサクビトリルとバルサルタンの合計であり、強さの段階ではない
- 低血圧は増える一方、高カリウム血症と腎機能障害はPARADIGM-HFではエナラプリルより少なかった
- BNPは薬の作用で上がるが、上昇は開始後8〜10週ごろまで。それ以降はBNPもNT-proBNPも経過をみる指標として使える
エンレストと従来薬の違いを一言でまとめるなら、RAASを抑える働きに、心臓を守る側のホルモンを長持ちさせる働きが足されている点に尽きます。効果も副作用も、ARBやACE阻害薬の延長線上では読めません。
心不全では、ACE阻害薬またはARBが入っている症候性の患者からの切り替えが推奨クラスI/エビデンスレベルB-Rです。高血圧症では、添付文書5.5が原則として第一選択薬としないことと定めています。なお重度の肝機能障害(Child-Pugh分類C。肝機能障害の重症度分類です)と妊婦は禁忌です。
患者への説明では、切り替えが病状の悪化を意味しないこと、開始時と増量時にふらつきが出ることがあること、BNPが上がっても薬の作用である場合があること、この3点を先に伝えておくと不安が減ります。
処方を受け取ったときにまず確認したいのは、ACE阻害薬が36時間以上前に中止されているか、ARBが処方から落ちているか、血管性浮腫の既往がないか、そして血圧・血清カリウム値・腎機能の直近の値です。
参考文献
- エンレスト錠50mg/100mg/200mg、エンレスト粒状錠小児用 添付文書(ノバルティスファーマ、2025年9月改訂・第9版/PMDA掲載)
- エンレスト インタビューフォーム(ノバルティスファーマ、第10版・2025年9月/PMDA掲載)
- エンレスト錠/粒状錠小児用に係る医薬品リスク管理計画書(RMP)(令和7年9月26日提出/PMDA掲載)
- 日本循環器学会/日本心不全学会「2025年改訂版 心不全診療ガイドライン」(2025年3月発表)
- 日本心不全学会「血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版」(2023年10月)
- ディオバンOD錠20mg/40mg/80mg/160mg 添付文書(ノバルティスファーマ、2025年9月改訂・第3版/PMDA掲載)
- レニベース錠2.5/5/10 添付文書(第5版)およびインタビューフォーム(第23版)(オルガノン、2025年9月/PMDA掲載)
